大橋秀行の現役時代はすごかった?名言や引退後の活動についても

最近格闘家ファンを始めた人の中には、現在の元格闘家の姿を見てリアルタイムで試合を見たかったなぁと思う人が少なからずいると思います。
そこでこの記事では、大橋秀行の現役時代の様々な活躍を紹介しています。引退後の活動も紹介しているので、名前は知らなくても名言や話題になったことで改めて認知する切っ掛けになるかもしれません。
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大橋秀行の現役時代のすごさを徹底解説
大橋秀行の現役時代で最も凄いのは、1990年2月7日の世界挑戦連続失敗回数をストップさせたことです。日本では度々世界王座が不在だった歴史があり、特に1990年に大橋秀行がミニマム級王座を獲得するまでに21回も挑戦して失敗していた経歴があります。そのため、当時の日本ボクシング界では日本人チャンピオンは無理なのではと言われたことすらあります。しかも試合は9回戦までもつれ込み、試合時間残り1分14秒に繰り出された大橋秀行のボディアッパーは、多くのファンを虜にしたパンチとして知られています。
しかも相手のチェ・ジョンハンは、大橋秀行からの連続ボディアッパーに立つことができず、そのままKO勝ちしています。さらに凄かったのは、一度目のダウンから立ち上がったチェ・ジョンハンの猛攻を冷静にさばき、再び一度目のダウンと同じ場所に的確にパンチを当てる冷静さです。9ラウンドまで戦い、思考は半ば朦朧としていることも多い中、あの場面で冷静にパンチを当てる大橋秀行をファンも高く評価していました。
高校生からやってきたすごいハードな練習とは
大橋秀行の現役時代を支えたのは、中学生のころから日本王座とスパーリングをするような練習を続け、横浜高校に入学してからは朝4時からロードワークを続けるほどのすごい練習だと言われています。
この練習を始めた理由は、高校生のころに部活の監督からお前は今の3倍以上練習しないとダメだと言われたからだそうです。その言葉を信じ高興3年間練習を続けた大橋秀行は、連覇こそ叶わなかったものの2年生のころにはインターハイで優勝しています。それでも大橋秀行が満足できなかった原因は、当時あれだけ練習したのに負けるのかという絶望感だったようです。アマチュア戦績45戦42勝3敗の成績も、専修大学入学後に五輪出場権を掛けて勝負した黒岩守の前では形無しでした。
王座を奪われても復活する不屈の闘志
大橋秀行は1990年にミニマム級の王座になったものの、8か月後リカルド・ロペスにその座を奪われています。周囲からは引退の噂も囁かれるようになりましたが、奮起し1992年10月14日にWBA世界ミニマム級王者に挑戦し王座に返り咲いています。実はこの王座復活劇には賛否両論あり。日本のボクシングはアジア圏の選手にしか勝てないと言われていたんです。事実、大橋秀行の現役時代だけでなく現代の日本ボクシングの課題にもなっており、タイやメキシコなどの強いボクサーに劣勢を強いられることが多い傾向にあります。そのため、大橋秀行はすごくないと評価する声もあります。それでも伝説級に語り継がれているのは、当時無敗の指名者と言われていたチャナ・ポーパオインと12回戦まで戦い続けたからです。残念ながら判定負けに泣かされたものの、日本人ボクサーの強さを世界に印象付けたことは確かです。
得意なボディブローとは
大橋秀行の現役時代が凄いと言われているのは、ボディブローの打ち方が上手だからです。大橋秀行の対戦経歴の中でボディブローで相手をマットに沈めた回数が多く、1988年のロミー・セニザ戦の執拗なボディ攻めは印象的でした。2ラウンド目あたりから既にロミー・セニザはボディを打たれることを明らかに嫌がっていたので、プロの目から見ても大橋秀行のボディは厄介なのでしょう。
ですが大橋秀行は最初からここまで執拗にボディを攻める選手だったわけではなく、1985年の倉持正を見ても分かる通りフックやショートアッパーなどで相手のダウンを奪っていました。しかし、世界へ挑戦にするようになってから攻撃のリズムが素人目でも変わっていることが分かり、対戦経験を積むことで効果的なボディブローを習得したものと思われます。
目を犠牲にして戦い続けた大橋秀行がすごい
大橋秀行の現役時代最後の試合は、1993年2月に行われたチャナ・ポーパオインとの対戦です。結果は残念ながら判定負けですが、タイのボクサー相手に12回戦を戦い抜き判定まで持って行った持久力はかなりものです。実は大橋秀行がデビューしたてのころは周囲から持久力不足をしてきされることもあり、とても12回戦選手になれるほどのポテンシャルを持っているとは思えませんでした。
しかし、大橋秀行の現役時代の最後は全盛期よりもパンチの手数は減っていたものの、ボディ攻めの魅力を損なわずに戦い抜いたところが凄いと思います。
大橋秀行にはどんな名言がある?
大橋秀行の現役時代で一番の名言は、1990年にミニマム級王座に輝いたときに、「自分が勝ったことよりも世界挑戦連続失敗記録にストップを掛けられたことが嬉しい」という発言です。自分の勝利よりも日本のボクシング界全体を考えた発言は、当時だけでなく今もすごいと語り継がれています。
そんな名言を言う人だからこそ、現在はボクシングの監督として名選手を鍛えているのではないかとも言われています。
大橋秀行は引退後何をしている?
大橋秀行は引退後テレビ朝日のエキサイトボクシングで解説者をつとめたことがあり、1994年からは大橋ジムの会長もつとめています。しかも女子を含め合計5人の世界王座を誕生させているので、今や大橋ジムといえばボクシングの名門ジムとして知られるようになりました。そんな経験があることから、2007年にはボクシング・グランプリ2007の総監督も担当しており、2016年まで東日本ボクシング協会会長も経験しています。特に統一王座を輩出している点は有名で、井上尚弥を生み出したのも大橋秀行です。
現在はそんな選手育成と同時にアマチュアボクシングとプロボクシングの架け橋として双方の練習をサポートしています。
まとめ
大橋秀行は現役時代に世界王座を何度も経験しており、防衛にも成功したことがあります。ファンの間で有名なのは1990年に世界王座に輝いたときで、「自分が勝ったことよりも世界挑戦連続失敗記録にストップを掛けられたことが嬉しい」という名言は、ボクサーファンの心を鷲掴みにするほどの発言として知られています。
